株式会社信州サラダガーデン

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代表取締役社長 小林 豊さん

中野市で独自に研究した栽培方法に取り組むパプリカ農家。本場ヨーロッパの栽培技術を信州の気候に合わせて実現可能にし、『野菜ソムリエサミット』ピーマン/パプリカ 食味評価部門で1位、栽培技術でも学会で賞を受賞するなど高い評価を得ている。1996年より試験栽培を始め、現在でパプリカ栽培歴16年。今後はその栽培技術を各地に広げ、人材育成に力を入れていきたいという小林社長にお話を伺いました。



~株式会社信州サラダガーデンが取り組む事業について、また今後の展開についてお考えをお聞かせください~
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パプリカをはじめたキッカケ
家が農家で、いずれは継ぐつもりで県外の大学の農学部を出てからはずっと中野市にいます。親父はエノキの生産農家でしたが今年辞めてしまいました。継ぐことには抵抗はなかったですね、代々農家だったので、長男ですし土地建物とか財産は僕が何とかしないと、とは思っていました。ただエノキをやるかどうかっていうのは考えていなくて、たまたまご縁があってパプリカを作ることになったんです。
私が最初に就職した会社が、当時まだ出回っていなかったパプリカを大手スーパーから紹介されて、グリーンビジネスを立ち上げるのにパプリカをテーマにしようということになりました。社員を派遣してオランダから栽培技術や種を送ってもらって。おそらく日本で1番か2番目にパプリカを作り始めたと思います。でも最初の年は1つの苗から2個しか採れなかった。オランダと日本では日射の強度とか環境が全然違うし、温度管理が本当に難しい。後でわかったのですが、温度管理がパプリカの生産性を上げる肝なんですよね。それでしばらくして採算が合わず当時のボスが匙を投げてしまい、僕がスピンアウトして自分でやり始めました。それから会社にして16年。技術的にはオランダに近い所まで来たのですが、この栽培技術を実現するには、もの凄いコストがかかったり日本ならではの事情があることがわかってきて・・そんなことで現在に至ります。今は評価も頂いて主に県内・県外のレストランなどに卸しています。
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失敗を重ね、一つのものを極めた
パプリカに絞って続けてきた理由は、私の場合、色々やっても極められないというか、上手にできないんですよね。 我々の農業つまり施設園芸は、いわゆる日本の百姓とは少し違って、いろんな野菜をたくさん作る農業ではないんです。最初の頃は設備を作ってハウス栽培でトマトとか茄子とか世界中の品種を集めてきて作ったことあったんですが、ことごとく失敗しまして・・。変わった野菜をレストランに持っていったら喜ばれるのではと考えて、パプリカだけでなくいろんな野菜をボリュームで買ってもらおうという思惑だけで走ったら失敗したんですよ(笑) 僕らが作るものは100円200円の物なので大量に作らないと採算が合わない、それに対してレストランで使う量がとても追い付かない。その変わった野菜を売りさばく為に一時期は朝3時、4時に起きてこの辺りのスーパー12、3店舗位回って地場野菜コーナーに置かせてもらって・・大変でしたね。結果わかったことは僕の場合、一つのものを極めないとすべてが中途半端で儲からないってことです。学生時代は自分探しの旅に出ちゃうような男だったので、何かあるんじゃないかと思ったんですが、色々やってみて俺には何も無いなって気づいて、一つのことをやってくしかないなと(笑)。それでパプリカに絞って続けてきました。その後押しとなったのは、とあるレストランのシェフに出会い、うちのパプリカを評価して頂いて一つのもの作り続けた方がいいって言われたことですね。期待されてしまうとちゃんとやらなきゃって思ってしまうので(笑)。儲からないですけど続けてきました。
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栽培技術を広げ、人材育成に力をいれていきたい
ここ中野市もそうですが、パプリカに適した条件を満たす気候は日本の中ではあまりないんです。でも我々は設備を売りたかったので、ある程度、どんな気象条件でも栽培出来なきゃいけないし、やる意味がない。気象条件とコスト面、これがクリア出来れば生産性自体は技術的にほぼオランダと同じ所まで来ています。ただ、こういう大規模な施設園芸の場合は今の日本の法制度だとコスト面や雇用で自治体のバックアップがないと難しいんです。

今後の展開としては他の地域にもこの技術を広げていきたい、地域に農家として携わっていくのではなく、技術の普及の方に入りたいです。最終的には施設園芸で農業をやれる人材を輩出していく、サプライヤーとかパートナーは必要ですが、中の事業計画は僕らが作って、そこで供給できる人材も育てたりしたい・・、そういう感じの会社にしていきたいと思っています。
実は今お声が掛かっていて、今度、釧路市に同じようなパプリカの温室を建てることになりました。うちが主体では無いですが出資する方がいて、栽培コンサルタントのような形でこちらでやった技術を最終的にはそこで経営として実証します。補助金はもらわずに普通の産業として農業がちゃんと儲かるんだっていうのを実証したかったんです。それが実証できればパプリカに興味なくなってしまうかもしれないですね。補助金がなくても施設園芸が実証できた段階で違う野菜を我々のテーマとしてやっていると思います。だからうちはもう人づくり、人を育て、次の世代を育てていきたいです。

残念なビジネスじゃなくしたい
私は家も農家で大学は農学部だったけど、昔から漠然と、農業ってどうなのって、この産業って世の中に見放されつつあるんじゃないかとか、どう見ても残念なビジネスなんじゃないかとかと思っていました。若い人が入ってくるとか、表向き飾るけれども結局収益性が良くなければ誰も見向きをしてくれない。特にこういう事業は1億~10億といったお金がかかります。当然農家一人じゃできないので投資家を呼び込むためにはある程度収益性が見えてないとだめですし、だったらITの方に行った方がいいって思ってしまいますよね。でも農業は農業でITとは違う投資の魅力があるんですよ、という所を見せない限りはこの業界が活性化しない。ずっと農家だったので、残念な業界にいるんだっていうのが嫌だったんですよ、残念じゃなくしたいなって。意外と儲かるんですよって。
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信州サラダガーデンで働く若手社員

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栽培担当 高野 峻一さん 入社2年目 新潟県出身
農業の専門学校に通っていて、そこでここの求人を見つけ、パプリカを作っているって珍しいなと思って、興味を持ちました。祖母が農業をやっていて小さい頃から興味があって、他の職業はあまり考えず挑戦してみたいなと思ってこの仕事を選びました。パプリカはやっぱり普通の農業と違って土で作っているわけではないので、技術が進んでいる半面、他の作物とは病気も違うし管理の仕方も全然違う、毎日が勉強です。将来新潟に戻るっていう考えはあまり無くて、ここでずっとやっていきたいなと思っています。
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