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そもそも、なぜUターンをしたかというとね。

|文・写真・取材:地元カンパニー / 長野県出身

こんにちは、依田です!!

(依田はマスク女子じゃありません。
頻繁にヘルペスができるのでこの時もヘルペス隠しです。)


これまでのブログで
長野での暮しやUターン前の京都暮らしのことを発信していましたが

“そもそもなぜUターンをしようと思ったか”

ということを話していなかった。

大きな理由はこの2つ。

1)身体の弱い子になった(リンクして精神も弱い子になった)
→地元ではお山の大将と言われていたくらい
病気にかからない子でした。前に体調悪くしたのもいつだったっけ?
というくらい。学校も皆勤賞とか、本当に健康優良児。
それがそれが、都会に出た私は“日常的に胃腸炎”。
胃腸炎どころか胃潰瘍にもなる始末。
点滴に通うこともしばしば。
骨折もしました(それは自分の不注意)。
でも、長野に帰省するとやっぱり元気。
身体が長野にあっているんだな〜と思ったのが理由のひとつ。


2)祖父が体調を崩した
→私は非常におじいちゃんおばあちゃん子です。
大学卒業後、長野に帰らないことを伝えたら
非常に分かりやすく落ち込まれました。
それから、5年くらい働いたら帰ろうと思っていたのですが
仕事をはじめて2年後、祖父が体調を崩し入院生活に。

「一緒に農業やりたかった」

祖父のこの言葉がつきささり
もう、一緒にやることは難しいけれど
帰ろう。と思う決め手でした。

いつまでも地元から見守ってくれていると思っていたけれど
時間は一刻一刻と過ぎていって、その間に祖父母や両親も年を重ね
本当に生きていきたい場所はどこなんだと自分に問いた結果です。

結果、私が地元に戻ってきた1ヶ月後に祖父は天国にいきました。
Uターンで帰ってきて本当に良かったと、心から思っています。

そんな祖父が残した農業俳句。

皆さん、両親、祖父母はいつまでもいませんよ!
そして、両親や祖父母にも夢や願いがあって
それを叶えられるか、叶えてあげたいかは別として
聞いておくだけでも大事なんじゃないかと思います!!!

以上です!!!!