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友達が増える働き方

|文・写真・取材:児玉 光史 / 上田市(旧武石村)出身

年末年始に帰省した際に昔からの友だちに会う人も多いかと思います。しかし、会う友だちは変わらず、むしろいろんな都合で会える友だちは年とともに減っていく。社会人になると友だちは増えないみたいなこともよく聞く。

仕事と友だちってのは、切り離して考えるべきなのだろうか。こんなことを書いている人がいた。いいこと書く人がいるもんだと思った。ちなみに全く知り合いではないです。新卒で入社した会社で4年間営業をやったが、営業をやった感想がこれだということに気づかせてもらった。ありがとうございます。

仕事で出会った人とだって友だち(みたい)になれるみたいに思えたので営業も楽しくできた。友達探しみたいなもんだ。営業マンは誰に話しかけてもあんまり怪しまれない。面倒臭がられる場合も多いけど。営業マンという肩書きはけっこう誰にでも会いにいけるパスみたいなもんだと思うようになっていた。肩書きがないのが怪しい。宗教?ネズミ講?という疑惑は常につきまとう。営業マンは、何かを売りたい人ということがわかるので、逆に怪しさはない。

営業マンの場合は、どうしてもお金をもらうのが仕事なので、なんか上下関係の「下」みたいに思っていたんだけど、(いや、役務や商品を提供しているから本当は対等なんだけど)経営者になってみると、お金を払うとか、お金をもらうとか、受注や発注での上下関係とかはあんまり感じなくなってきた。お金は契約上どちらかに流れるけど、この人と仕事をやりたいかやりたくないか、同じ時間を共有したいかしたくないかがけっこう重要な要素になってきたりしてきた。

前向きな人と仕事をする方が楽しい。愚痴っぽい人は、うーん、だんだん足が向かなくなる。まぁ、きっと相手もそうなので、自分としては、おもしろくあろうとは思っている。商談中に、何度も笑ってもらおうとか、自分の人生を楽しんでもらおうとか、そんな感じだ。これが世に言う「自分を売り込め」ということだと思うが、まさにそれで、こうなるともはや売り物はなんでもよくなってくる。相手は私と会うことを楽しみにしてくれていて、それを裏切らないようにおもしろくいる。

そうはいってもウマが合わない人は少なからずいる。ただ、自分はウマが合わない人も、同じ会社の別の社員にとってはウマが合うかもしれないから、まぁ、会社として誰かがウマが合えばいいんじゃないかって思う。会社対会社の関係は、個人の感情を超えて関係性を維持できるナイスな仕組みだとも思う。会社の仕組みの中にいることで、いろんな人に会えたりする。そういうのって、捉え方次第だけど、ラッキーだなと思えたらいい。

仕事は仕事と分けるのもいいけど、そんな必要はあるのだろうか。仕事なんて人生においてはたいした比重ではない。あと、互いに初めて会った会社にずっとい続けるわけではないし。もちろん、仲良くなるために無理して飲み会にいく必要もないとも思う。仕事の話を楽しくできれば、まぁ幸せなのではないかと。1年のうちで膝を突き合わせてじっくり話ができる人なんて、そんなにいないはずだ。そのうちの数人は取引先にいるはずで、楽しくやりたいもんだ。