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信州で君を待つ。〜株式会社松本山雅 代表取締役社長 大月弘士 ①

|文・写真・取材:地元カンパニー / 長野県出身

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来シーズンからのJ1昇格が決定した「松本山雅フットボールクラブ」。
本クラブは1965年当時に結成された、長野県選抜の選手を中心とした歴史あるサッカーチームです。2004年よりクラブ組織確立、2011年12月にJリーグへ加盟。ホームタウンを松本市・塩尻市・山形村・安曇野市、ホームスタジアムをアルウィンとしています。今回は、クラブの運営を行う「株式会社松本山雅」の代表取締役社長である大月弘士氏にインタビューを行いました。(全4回シリーズ)

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右から
高見澤昌史:佐久長聖高校出身/慶應義塾大学
中村香奈:松本県ヶ丘高校出身/東京女子大学
本塩彩衣:飯田高校出身/信州大学


山雅というJクラブが松本にあることで人が変わり、街が変わり、未来が変わっていく

大月松本山雅の企業理念は「未来への夢と感動へチャレンジ」です。サッカーを通して、アルウィンに来てくださったお客さんに夢や希望、感動を与えられるチームとなること、そしてスポーツで地域を幸せにすることを目標にしています。

地域が元気になる・地域とともに成長するという意味では、松本山雅は非常に重要な役割を担っていると思います。我々は松本で初めての J リーグチームですが、市民の方々の生活が少し変わったと思うんですね。例えば、家族3代でアルウィンまで観戦に来てくださる方もいますし、飲み屋さんでは日常的に松本山雅の話題が聞かれるようになりました。自家用車にステッカーを貼ってくださる方もいますし、街にフラッグが立つようにもなりました。山雅というJクラブが松本にあることで、人が変わり、街が変わり、未来が変わっていくのが素晴らしいと思いますし、これからもそのようなチームであり続けたいと思っています。


松本山雅は地域の人たちが一から作り上げたクラブ。市民一人一人と共に、松本の未来を描きたい。

本塩私は昨年、1年間松本に住んでいました。街の人たちが松本山雅をすごく応援してることを実感して「すごいな」と思っていましたが、大月社長が目指す未来として、具体的にどのような松本市にしたいとお考えですか?

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大月松本山雅は、一人一人の市民が作り上げてきたクラブです。Jリーグには企業チームのクラブという所も多いですから、松本山雅は地域に根ざしたチームなのです。

2005年の一番最初の試合から、市民サポーターの方々や地域の企業がずっと支え続けてくれています。自分たちの出来る事からはじめて、サポーターの輪を広げてくれたり、試合のボランティアをすすんで引き受けてくれたり、地域の人たちが本当に一から作り上げたクラブなんですよね。
ですから、これからの未来もその人たちと一緒に考えたいと思っています。山雅ファミリーがこれからの夢を語り、共に松本山雅を作っていく。そのために「山雅ドリームサミット」というイベントも行っています。

例えばサッカー文化が根付いたヨーロッパでは、クラブが街と一体化しているのです。クラブの成長は街の成長、街の成長はクラブの成長という相互の関係性があります。さらに市民の人たちの思い入れもすごく熱い。そういう街を想像しながら未来を語っていきたいなと思っています。


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